2016年03月27日

県博にね、企画展を見に行ったんだけどね

まあね、県庁所在地のあるまちまで80~90kmほどかけて行くよりも、隣の県の三大大都市の内の1つに50kmぐらいで行く方が用足しがスムーズに済み、いる県からは県北ということで相手にされずてなとこに住んでいるあたくしではありますが
いちおうA県ではなくI県在住な訳ですよ。
え、前振り長い!?うんまあ、I県の話。

で、だ、I県の博物館に行ってきたんだ〜
中に入ったのは初だよね。

思い起こせばI県M市に住んでいた頃は、ダムパトロールで前を通ったことはあったかもしれないけれど中に入ったことはなかった。
ちょいと前、企画展を見に行こうとこの博物館に行ったらどうも様子が違う。改めてググると美術館だった。

とかいう感じで、なぜか(なぜだ?)これまでご縁がなかったI県博物館。
行ってみましたわ〜。

企画モノを見に行ったんだけど、企画も面白かったんだけど、見に行ったら常設展が予想しちゃいないからアレなんだけど予想以上に面白かったっす。

そして入り口で、写真とかはアリですか?と聞いてみたならば
フラッシュ焚かなければ大丈夫ですとのこと。
これは有難い。
と書いてみたのですけれど、うまくないようでしたらおしらせください。
ということで、以下書いてみます。




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パレオパラドキシア
デスモスチルス

パレオ  かな。

我々とか我々よりちょい上世代では、この骨格標本よりも軽シンのサ店で有名かもしれないパレオ。
ここ、すっごく大事なんだけど、わからない人はスルーしてよろしい。

もっと上世代は、田中舘博士が出てきそうなのでそこは割愛であります。


で、このパレオ
一見、恐竜化石標本のように見えますが、こいつは哺乳類です。
です、というか哺乳類なんだそうです。

これが、二戸の金田一から出土したんだそうな。
そして今は、県博にいるんだそうな。
うぅ〜ん、こっりゃ面白ぇ!




さて次は

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一戸からの、馬印です。


カーフブランディングなんて言葉はキン肉マンで知ったわけだけど
それよりもはるか以前から、馬産地のなんちゃらの戸では馬に焼印をしていたようで
どうやら都では両刃の産地を知る印としてああたらこうたらしたらしいとかそうでないとか。






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12世紀のクツワとか





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秀吉から南部大善に宛てられた朱印状
領内に同格程度の勢力を誇った者がいたのを抑えきれず、秀吉にうちはお前のものだって後ろ盾を下さいよと使いをよこした信直に対し、認めてやるから自分のとこの揉め事は自分で収めるっこと返事をもらったこの手紙で、領内をまとめきれていない信直は逆に泡食ったとか食わないとか。



へぇ〜、馬にも面というか被り物があったんですね。

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これはなんだ?
九牧の地図か、多分。
一番近いところでは、住谷野なんだろうけれどもね。

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ほいで、牧の馬の様子とか
馬の毛色の呼び名だね。

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そして馬の各場所に灸をすえる際の解説
ていうふうに見たんだけど、どうだったっかなぁ、ちょっと微妙だなぁ。



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盛岡南部の町の様子とか



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太刀と刀の違いとか
これ、試験に出ます。



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岩手県の成立
聞いてはいたけど、二戸はあれだな、青森県だったこともあるんだな。




天覧の流鏑馬とか

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殿様の午前でも外したらアレだったのだから、御前ではこれこそ外されない戦いだったに違いない。



競馬で和種が強かったとか

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盛号の勇姿でございまする。




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へぇ〜
M市というかI県の展示にもえんぶりが出てくるんだ。
そっかそっか。




締めは蕨手刀(わらびてとう)でございまする。

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中央政権が入ってくる前、蝦夷では蕨手刀が使われていたようだ。
ようだ、ぐらいしか知らないのだけれど、これも辿ると面白そうな刀ですよね。


じゃぁ、みんな、今回はといったところで!
posted by ふゆかぶ at 21:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

茶屋 de えんぶり鑑賞会

さて、更新してないな〜と思っているうちに1月半が経ち、年度末も押し迫って参りました。
そろそろ書こうよ。
ということで話は2月6日、南部地方えんぶりを見た日の午後に戻ります。


この日、「北村茶屋&殿さまあんぱん」に「福田上えんぶり組」が門付けに来ますので遊びに来ませんかと茶屋さんに声をかけていただいていたので、午後はそちらへ。


ま、まずは腹ごしらえ
そばでも食いましょ。

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パンも買っときましょ。

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とかしているうちに、えんぶり組が門付けにやってきました。
ではでは、茶屋から外に出て「茶屋 de えんぶり鑑賞会」のおさしんでございます。





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この道路を挟んだ向かいの建物が、これがまたいい佇まいをみせてますなぁ。



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太夫が摺り始めまして



ちびっこたちも次々と魅せてくれます

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早乙女も可愛いですね〜

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金輪きりも見られるとは、じっくり時間を取った門付けだからこそ、でしょうかね。

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大黒舞もいいですよ

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恵比寿舞
これは好きな祝舞なのですが、演者の年代や技によってかなり違ってくるという難しい演目 と思うんだ、見ていると。

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そして太夫による摺り納め

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冬だから日が短く、もう、入ってくる光が違うのね。

ここまで、どうだろう、1時間前後にもなるでしょうかね
たっぷりとえんぶりを披露していただきました。


いやぁ、「福田上えんぶり組」による門付け「茶屋 de えんぶり鑑賞会」
楽しめました、よかったです〜。

北村茶屋&殿さまあんぱん さん  来年もやってくださいましな!
posted by ふゆかぶ at 18:15| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月16日

名古屋城攻め

沖縄でも雪が降り、これが雪なのかみぞれなのか判らないですと報道されていた時期
名古屋市街もうっすらと雪景色になっていた。

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我々の目で見ると、そういわれれば積もっているか?という程度だが、どうやら珍しい景色のようだ。
朝の内は、ノーマルタイヤでホイルスピンをしながら怪しげな挙動で動いている車に驚かされる。怖ぇ〜。






そんな天気の日に徳川家康普請の名古屋城を攻める。
白い屋根のこの景色を撮れたのは、これはこれで当たりなのではなかろうか。

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観光的には10時から動き出すらしい。
向こうに名古屋おもてなし武将隊の信長様を発見しつつ

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こちらでは名古屋城観光ガイドボランティアさんをお願いして名古屋城観光開始。

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ガイドさんをお願いして本当に良かった。
これを勝手に見るだけだったら、色々と見逃しっぱなしで印象も薄いものになったことは確実だ。

良かったと思うこと
まずいきなり、家紋について教えてもらう。

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そっ、その御紋は
菊花とな!


名古屋城が徳川から政府預かりとなった時代、この西南隅櫓は濃尾大地震によって石垣とともに崩壊してしまったが、宮内省によって改修されたものらしい。だから菊花紋。
これこそ、教えてもらわなければ素通りしてしまう。
有難い、もう、この時点でガイドさんお願いした甲斐があるというもの。






そして歩いていくと
改修中の名古屋城本丸御殿。

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あ、そっか
天守閣って、ただの物見櫓だから、住むところは別か。
などと思いながら中に入ると


素晴らしい内装の数々
流石は徳川の威信をかけた名古屋城。


なぜ改装しているのかというと
第二次世界大戦の空襲で燃えてしまったものを、以前撮影していた写真から復元しているのだとか。

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逆に経年変化でくすんでしまった部分を取り除き、当時の様子に復元しているらしく、金が光り輝いておりました。





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客人を通す部屋にも格があって
天井の高さも格上は高くなっていたり
描かれている生き物も、四つ足、鳥、そして何?植物?というくくりでいいの??だったり
床の間の棚も段の数が違ったり
とにかく部屋によっていろいろと細工が異なるのだそです。







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この桟の漆塗りとか、障子紙の貼り合わせとかも素晴らしい仕事ですね。









そして外に出ると、いよいよ天守閣へと向かうのであります。

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鯱鉾には牡雌があるのだそうで

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鼻曲がり鮭ではないけれど鼻が長い方が牡だそうな。
うむ、鯱鉾がしゃっちょこ張っとる。

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天守閣含み、城の周りの石垣も、俺、城作るから、費用はお前ら持ちな!で、徳川が諸大名に普請させたものだそうで。
あら大変。



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とまあ、とにかく楽しく興味深く、見させていただきました。
考えてみれば、これまで住んでいたところには、史跡としての城跡はあっても、建物としての城は取り壊されてしまっているところばかりだったし、旅に行ってもこの規模の城をちゃんと見たことが無かったので、本当に面白かったです。

皆さんも行くなら絶対アテンドしてもらった方がいいですよ。
ガイドさん、ありがとう。
posted by ふゆかぶ at 20:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする