2016年01月03日

大日堂舞楽を見てきたよ

鹿角の大日靈貴神社(オオヒルメムチジンジャ、通称 大日堂)で奉納された大日堂舞楽を見てきました。

鹿角はだんぶり長者伝説で有名な場所です。
だんぶり長者については こちら や こちら や こちら なんかを読み比べてみると大体の雰囲気がつかめそうですよ。

この大日堂舞楽。なんでも養老二年(718年)から伝わるとされています。
継体天皇推定没年が531年と云われておりどうも年代が合わないなと調べてみると、元正天皇の718年に大日堂が再建されたということで、再建だったんですね。この時、行基とともに都から来た楽人が舞った舞楽が村人に伝わったものが元なのだそうです。

昭和五十一年に国指定重要無形文化財指定、平成二十一年にユネスコ無形文化財登録されたという、1300年の歴史ある舞楽です。(以下、今回の記事を書くにあたっての参考サイト 大日堂舞楽公式ホームページ)

実は、同平成二十一年に早池峰神楽がユネスコ無形文化財に登録されており、というより岩手県民なdonanoyofilmとしては、早池峰神楽がユネスコ無形文化財登録されたと同時に大日堂舞楽が登録され、そこで初めて存在を知ったものです。



余談ですが
仏教伝来は552年とか538年とかの辺りですので、大日如来を祀る大日堂が718年に建てられたとされるのは納得。
ところで、胆沢城が築かれ阿弖流為が処刑されたのは802年、それより随分前の718年に継体天皇の許しを得て大日堂が建立、つまり、蝦夷の領内に大和朝廷の勢力が入り込むにしては随分年代が不思議だなぁ、などとも思ったりしたわけです。
しかしながら、浄法寺の天台寺は728年、奈良東大寺大仏建立の実質上の責任者とされる行基が聖武天皇の命により開山とされていますので、行基は44代元正天皇45代聖武天皇の両名から遣わされた事になりますが、まあ年代に関してははだいたい合いますか。このへんも調べれば面白い事になるんでしょうね。



逸れました。
さて話を本筋に戻しまして、鹿角であればそんなに遠くはない、逆に早池峰神楽を見に出かけるよりもよっぽど近い。ということで、その頃から気になっていたのですが、何せ奉納が1月2日。なかなかタイミングが合わないでいたのですが、今年は小雪なこともあり、朝に目が覚めたこともあり、えいやっと行ってきました。

えいやっと、高速道路を利用しつつ、7時過ぎには八幡平駅に到着。駐車場を利用させてもらい、道路を挟んだ向かいぐらいのところにある大日靈貴神社へと歩きます。
最近の日の出は7時ちょっと前ぐらいということで、まだ若干薄暗いですね。

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鳥居の端をくぐり、まずは神社に参拝。以前にも一度場所確認に来たことがあるけれど、比較的大きな神社さまですね。

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お守りをわけていただいたりしながら、人が多くなるにつれ場所取りの心理戦がじんわりと繰り広げられている堂内で待ちます。どうにも勝手がわからないのでぱっと見いい場所を取ったと思ったのだけれど、そこは舞楽の面々が通る場所だということで、再度当てずっぽうにあたりをつけて場所取りなど。そうこうしているうちに、外の境内では舞が始まったようだ。とはいえ単独行なので堂内から離れるわけにもいかず、そのまましばし待つ。











いよいよ、堂内での動きが始まりました。



籾押し(もみおし)

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農作業を表現した舞で若い衆が中心に堂内を巡る。大きな動きで一気に場の雰囲気を変えていきます。

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これで観客の立ち位置というか、始まりの段階での邪魔にならずに見ていい位置もほぼ決まったようです。
ところで、なぜワイシャツを着ているのかが謎。青年だからかしら?





そして籾押しをすませた若い衆は殿上に移動し、外で舞っていた面々が龍神旗を持って堂内に走り込みます。この旗を殿上に投げ渡し、龍神旗が掲げられる。

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ここは動きとして一番ダイナミックな部分。撮影しようと走路上に場所取りしていた人々は始まる前に移動させられていたけれど、見て納得。この旗を投げ上げるために走ってくれば、そりゃその場は退けさせられますわ。




続いて外で舞っていた衆が堂内へ移動してきます。

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これは権現舞の方々。










ここからは舞台上へ

各集落ごとに受け持っている舞が決まっているとのことですが、まずは全員が順番に上がる神子舞(みこまい)、神名手舞(かなでまい)の奉納。
神子舞は天の神に、神名手舞は地の神に捧げる舞なのだそうです。
神子舞をアナウンスの音だけで聞いて巫女さんが出てこな〜いと思ったのは秘密だ。ここは写真は割愛。
 


大小行事(だいしょうぎょうじ)

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米と金を撒き、清めなんでしょうね。




祝詞奏上

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かしこみ かしこみ も まおす











さて、ここからがいよいよ本舞の奉納です。






権現舞

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へぇ〜、この髪タイプの権現様は初めて見ますね。





駒舞

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なんでも、二頭の月毛の駿馬の舞とか、全国に伝承されている駒踊りの原型とも云われているとか。
当然だけど和ハミとか、馬の顔の細かいディティールとかにつられて、思わず写真をいっぱい撮ってしまったよ。

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鳥遍舞(うへんまい)

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だんぶり長者の娘で継体天皇に嫁いだ吉祥姫の遺体を葬る様を振り付けたと舞 なのだそうです。
あ、だから、こんな面になっているんだ。





鳥舞

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随分と穏やかな鳥舞でございます。型が古いんでしょうね、やっぱり。





五大尊舞(ごだいそんまい)

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是大日神長者夫婦に化身給ひ、四大明王臣と成りて仕へたる舞楽なりという  
ということで、だんぶり長者と四人の家臣なのだそうです。
金剛界と胎蔵界の大日如来と、四大明王ということは軍荼利、降三世、金剛夜叉、大威徳の明王なのでしょうかね。

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大日堂舞楽というと、この金色の大日面が有名ですが、場所取りの関係からなかなか正面からの写真が撮れず。

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いつになるかわかりませんが次回の課題ですな。





工匠舞(こうしょうまい)

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大日様の御神体を刻む様、つまり作った時の動きを表した舞だそうで。





田楽舞(でんがくまい)
全国に伝わる田楽舞の中でも最も古い形を残していると伝わる舞。
だそうですが、工匠舞で舞納めだと思って出てきてしまったよ。あれ、もうひとつあったのですね。これもいつかの次回への課題ですな。



ということで今回は、その存在を知ってから7年越しの歳月を経て初めて見ることができた大日堂舞楽のお話でした。
なかなかに良いものを拝見させていただきました。ありがとうございます。







おまけ 思ったこと
一眼デジカメを持って10年ぐらいは経っているし、そこそこいろんなものを撮っているはずなんだけれど、今回は初めてに近いくらい痛切に、ああこれはスピードライトが欲しいと思いました。
夜に行われるサイトギとか篝火えんぶりとかでも外付けのフラッシュは無しで通してきてたんだけど、屋内とはいえ、まさか昼の大日堂舞楽で欲しいと思うとは。
そうか、そうでしたか。

おしまい
posted by ふゆかぶ at 10:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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